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自分用のショタ(小学生~高校生ぐらい)体験談・小説まとめ 男女モノ、ゲイ・ホモ混在。 フェチでタグ付けしてます。タグ抜けあれば米欄にお願いします。
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こんばんは。はじめて書きます。最初はエロくないけど、読んで下さい!
オレは今高校2年で(今年で3年になるんですけど)半年ぐらい前にヤッた事を書きます!

オレは地元じゃちょっと悪者な感じなんだけど中学のダチからメールで宴会に誘われた。
オレは暇だったから宴会に行って9時まではしゃいで帰っていた。
帰ってる途中でダチのKが男の子とぶつかった。
K「何処見て歩いとんじゃボケがぁ!!殺すぞぉ!!」て言って男の子の胸倉を掴んだ
オレ「おいおい。止めとけって」
ダチのYが「やらせとけって。K、俺たちは先行っとくぞ」と言って先に行こうとしたが
K「待てって。今面白い事思いついた。」て言って男の子に名前と学年を聞いた。
男の子はMと言い中学1年です。と丁寧に言った。

K「Mちょっと来い!」といい近くの廃止された工場に入れた。
オレ「なんするつもりやねん?」
K「見とけって。おい!M素っ裸になれ!」
M「えっ!なんでっすか?」
Y「Kそりゃいい考えやな(笑)」
と言ったがオレには何をするんかわからんかった。
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僕には、中学のとき仲のいい友達がいた。
でも、そいつは借りたものをなかなか返さなくて、僕はいつも嫌な思いをしていた。

そんなとき、クラスの不良っぽいヤツが僕の持ってるゲームソフトの話しを聞きつけて貸りにきた。
スグに持ってこいって言われたけど、友達に貸しているのを思い出して、不良に、貸したままぜんぜん返ってこないことと友達シメテくれたら、ゲームソフトあげるって話した。
[ヤンキーにシメられる借りパク野郎]の続きを読む



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以前、某サイトに投稿された『ノンケを簡単にホモ奴隷にする方法』というレスに感心を得た俺は、生身の人間を使って実戦調教を行った。

丁度俺の知り合いにジャニ○ズ事務所に所属してるイケメンがいるから、そいつを使ってみた。

前々から性奴隷にしてやりたいと思ってた奴だけど本当に大丈夫なのかと半信半疑だ。

ちょっと強気のジャニガキだから捕獲しようとしても暴れ回りそうだし、最初は睡眠薬を頼らせてもらった。

家に呼んで睡眠薬入りのホットココアを飲ませてしばらくすると眠くなったと言ってきやがった。
[ジャニ系ノンケを性奴隷にしてやった]の続きを読む



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十二年程前の話になるのですが、僕が中一、妹の奈々が小五の夏休み
に起きた、出来事です。

親の影響もあり、二人とも、トライアスロンをしていました
八月の終盤にある、ジュニア大会に向けて練習に励んでいた時のこと
小学校のプールを、先生の配慮で妹と一緒に使わせてもらい
スイムの練習をして、タップリ泳いだ後、水着のまま(アリーナ競泳パンツ)
Tシャツだけ着て、バイク(自転車)で、学校から、海沿いの
道へ、そこそこのピッチでペタ゜ルをまわします
防波堤沿いのサイクルロードを走り終えると、バイクを降りて
来た道を、ランニングすると言うメニューをこなしていました。
[妹の前でおかされた体験談]の続きを読む



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1はこちら

前に何度も書かせてもらった少年囚のころの話です。
 私が四級少年囚のとき、例によってH担当の手で重屏禁にされ、解禁されてからの事です。同じような告白になりましたが、まあ、ご勘弁ねがってお読みいただきたいと思います。

 重屏禁をうけてから再び元の日課にかえりました。H担当はたいへん私のからだに気を使ってくれました。そして、食事はとくに、雑役の少年囚に私の分には気をつかうよう言ってくれたようでした。そうでなくても少年囚の間では2ケタの受刑番号は尊敬されているのに、そのうえ重屏禁という最高の懲罰までうけた私ですから、大いに尊敬されていたようで、食事など、すべての配給される品は、四級少年としてはよかったようです。
 とにかく、同じオリにぶちこまれた少年囚の間では、2ケタの受刑番号、つまり重い罪を犯し、また服役中重い懲罰をうけた者ほど尊敬されるのです。これは、囚人根性ともいうべきでしょうか。おまけに、H担当が私にS的な好意をもっていることも、すぐ、雑役囚にはわかりますので、特にによくしてくれました。
 そしてH担当の休みのときなどは、看守のすきをみて、
「おい65号、おまえ、H担当さんが好意をもってるぞ。だから、いためつけられるんだ。彼は変わっているからな。おかげで、ほかの四級の者は楽をしている。まあ、せいぜいかわいがってもらえ」
 と、皮肉まじりに言う者や、また一方、
「苦しくしくてもがまんしろ、早く点数をあげて三級になれよ」
 と言ってくれる者などいろいろでした。

 重屏禁以来、からだが元にかえるのに2週間かかりました。
 それを待っていたような事件が起きたのです。それは大事件でした。毎日行なわれる少年囚の全裸の検身場に、なんとカナノコの歯が落ちていたのです。こんなものが落ちていたら、ただですむわけがありません。カナノコなどを使用できるのは二級の上以上の、いわゆる模範少年囚だけが作業をする鉄工場だけですので、われわれ四級少年囚なんか関係のないはずで、また四級少年は最低級の不良少年囚の集団ですから、とくに監視がきびしく、どんなにあがいてもカナノコの歯を入手できるはずがありません。しかし、われわれ四級少年囚は全部、徹底的に調べられ、すさまじい拷問をうけさせられました。

 噂によると、このカナノコの歯は、H担当がS的嗜好を満たすために計画したらしいという事でした。ですから、四級少年囚には関係なく、H担当自身がそこへ置いたものではないでしょうか。
 四級少年囚全員は即座に、厳正独居を命ぜられました。これは一人一人牢へ入れられ、定められた場所に、一日じゅうきちんと正座していなければならないのです。私はずっと独居でしたが、四級少年囚のなかでも三級の下に進級する予定の者などは雑居でした。
 雑居といっても、一つの牢に何人もぶちこまれるのではなく、ちょうどニワトリ小屋のように細長い牢舎を金網で2メートル間隔に区切り、その区切りごとに一人ずつ入れられるのです。つまり、金網で区切られた独居房がつらなっていると考えてよいでしょう。この金網はものすごく太い鉄線でできておりました。となりの区切りの者は、金網ごしに見える訳ですが、絶対にお互いに体を触れることはできません。それでも、独居房に入れられた者にとっては、すばらしく取り扱いが緩やかになったように感じるのです。今から考えると、このような取り扱いをうけたわれわれ四級少年は、身から出たサビとは言いながら、あわれなものです。

 翌朝から四級少年囚は全員、作業止めで拷問をうけました。この拷問は、3日間も続きました。
 日課は全く無視され、毎夜おそくまで、拷問のうめき声、それに鞭打たれる音がきこえて、とても眠るどころではありません。
 2日目にとうとう私の番が来ました。監房のカギが乱暴にはずされ、入り口をあけられたときは、心臓のとまるような思いと同時に、反面、M的にぞくっとする感じで、とても複雑な気持ちでした。
 「おい65号、出ろ!」と、すごいけんまくのH担当の声に、「はい」と返事をして出ると、直ちに後ろ手十文字縄に縛り上げられてしまいました。すると、私の意志とは反対に、下腹部がむくむくと反応を示してします。H担当は目ざとくそれをみて、
「おい65号、おまえうれしいか」
 と言います。
「いいえ、別に何もうれしくありません。一刻も早く疑いがはれるのを望んでおります」
 と答えると、H担当は左手に縄じりを持ちかえて、右手で私の下腹部をぽんとたたきました。私はあわてて、ぴくっとして尻を引きました。H担当は、
「うそをつけ、けっこう喜んでいるではないか、どうだ、縛られるとうれしいのだろう」
 と言ったのです。右手でたたかれたとき、ぴくっと尻を引いたのがH担当の気に入ったのでしよう。「おい65号、はっきり言え、おまえ縛られるのがうれしいのだろう」
 と何度も同じことを言い、同じ動作をくりかえされ、しまいには、ぐっと勃起部を握られました。なにしろ、四級少年囚の収容されている所は、懲罰をうけている不良少年囚の集められている所ですから、同じ刑務所内でも厳重に、ほかの上級者とは分離されていますので、ほかの場所から絶対に見ることができないので、何をされてもどうすることもできません。
「おい65号、やっぱりうれしいのだろう。これが何よりの証拠ではないか」
 と、ぐっと力を入れて下腹部を握ってきました。私は思わず「はい」と言ってしまいました。後からすぐ、しまったと思ったのですが、少年囚の言葉は平素からすぐ証拠とされていた時代です。もう追いつきません。
「よし、65号、今日は思い切りかわいがってやる。さあ歩け」
 と尻をけとばされ、背中をこづかれながら、長い牢屋の廊下を通り抜け、特別浴場へ連れて行かれました。


特別浴場を使うワケ

 ここは、病気にかかった少年囚を、ほかの少年囚から隔離して入浴させるために設けられた浴場ですが、その真の目的に使用されることは一年のうち数回ぐらいです。大部分は、拷問のため用いられたようでした。なぜこのような場所で拷問をやるのかというと拷問が激しくなると、苦しさのあまり放尿したり吐いたりするので、汚物が床の上に散乱します。そこで水の流せる所が望まれるわけです。水槽は2人ぐらいはいれる小さいもので、水がいっぱい入れてありました。天井のフックから太いロープが吊り下がっています。何に使うか一目でわかります。

 初めにいましめを全部とかれ浴場の中央に正座させられ尋問されます。
「おい、65号。なぜここへ連れて来られたかわかっているだろうな、この間のカナノコの歯のことについて、知っている事をみんな言わんと、ただではすまんぞ」
 と激しく詰問されます。全く身に覚えのないことなので言えるわけがありません。ただ「何もわかりません」と答えるよりほかありません。
「そうか、そんなに拷問が待ち遠しいか。よし、かわいがってやる。準備をしろ」
 と命令されます。
 言われたとおり、私は拷問を受ける準備をしました。拷問を受ける場合は全裸になることに決められており、そのように普段から躾られているのです。躾通り囚衣を脱いで全裸になるのです。これは、拷問中、苦しさのあまり放尿などがあるおそれのためです。しかし、ほかの人がみたら、あわれなものでしょう。私が裸になるのを待っていたH担当はすぐ後ろ手に縛り、肩どめ縄にきつく縛りました。そして、縄じりを天井のロープに吊られ、足の親指でかろうじて立てるくらいに締めつけられました。鬼のように恐れられているH担当にこのようにされたら一般の少年囚なら震え上がって大声でお許しを請いすぐ白状してしまうでしょう。しかし私の場合、Mの快感がぐんぐん盛り上がってきて、下腹部は激しく反応し、勃起しています。
 H担当はそれをみると、鞭の柄で払うように陰茎を叩き、
「こら! 65号、これは何だ。きさま、いい気になるな」
 と責めます。下腹部へザァーと水をかけられ、次に頭からつづけて5杯水をかけられました。そうでなくても締まっている捕縄が水を吸って、ぐんと締まりとても苦しくなりました。からだが一本の棒になったみたいです。
 すると、「ぴしり」という音と同時に、尻に焼け火ばしをあてたような激痛が走ります。鞭打たれているのです。また「ぴしり」と来ます。その都度、尻をひっこめるのですが、そうすると、足が床から離れそうになるので、そのたびにロープが締まって来ます。今度は「ぴしり」という音と共に、背中と肩とに激痛が走ります。しかし、その痛さは、重屏禁のときやられた懲鞭のような耐えられないほどの激痛ではありません。
 つまり、H担当は、適度な痛さの鞭で私を苦しめると同時に、私にM的快感をも与えているのです。H担当も的快さを味わっていたのでしょう。彼は、目をぎらぎらさせて、無言で「ぴしり、ぴしり」と続け、そして、ときどき水をザアーとかけ、また鞭打ちを続けます。
 私は、はじめ声をあげて苦しみましたが、もう声もかすれ、鞭打たれるたびに、動物的な叫び声を出すだけです。150ぐらいまで数を数えていましたが、そのあとはわかりません。もう縄の締まりが苦しくて、M的快楽味だけではどうにも耐えられなくなりました。
 私は大声で、
「担当さん、お許しください。もうがまんができません。お許しください」
 とくりかえし叫びました。
「がまんができなければ、さっさと白状しろ」
 と、またぴしり、ぴしりと鞭打たれます。はじめは焼け火ばしをおしつけられたような激痛でしたが、やがて、しびれてしまい、痛さを感じませんが、鞭打たれるたびにうめき声が反射的に出ます。

 それから何分ぐらい鞭打たれたのかわかりませんが、やがて、からだが硬直し、今まで耐えられない程の苦痛だったものが、爆発的な快感に置き換わってしまう、M男だけが体験できる「Mのオルガズム」の瞬間がやってきました。その目の前が真っ白になるほどの強い快感に何が何やらわからなくなって気を失ってしまいました。


はじめてのエビ責め

 ふと気がつくと、両手錠がしっかりとかけられ、裸のまま牢の中にころがされていました。しかし、ここは、私がいつもぶちこまれている独居房ではありません。起きようと思いますが、ちょっとでもからだを動かすと、鞭打たれたところが焼けるように痛く、とても動くどころではありません。そのとき、ほかの少年囚が鞭打たれている音とうめき声が聞こえて来ましたが、普通なら、そんな音を聞いただけでも青くなるのに、「Mのオルガズム」の余韻が残っていた私には何ともいえないすばらしい音楽のように聞いていました。
 何時間たったでしょうか。やがて牢の戸があいて、全裸体のまま私と同じように両手錠をかけられ、尻や背中に鞭打たれたところが赤黒く、くっきりとミミズばれになって気絶している少年囚が、まるで荷物でもほうり込むようにどたんと投げこまれました。
 そのとき、私に少年囚の体がぶつかりそうになったので、ちょっと体を動かしてかわすと、目ざとくH担当に見つけられ、
「おい、65号囚、気がついたか。次のお調べが待っている。出ろ」
 と言われましたが、とても起き上がる気力すらありません。「なまけるな」と靴で踏んだりけったりします。一生懸命起きようともがきますが、だめです。しかし、ついに、ひきずるようにして起こされ、二人の看守に両方からかつがれるようにして、元の拷問室へ連れて行かれました。

「65号、ちょっとは体にこたえたろう。もうそろそろ申し上げてもよかろう。さあ、言ってしまえ」
 と、H担当はうす笑いをうかべています。私は必死で叫びました。
「先生、65号は何も知りません。お許しください」
「しぶといやつだ。そんなら、エビを食らわしてやれ」
 と両手錠をとかれ、H担当はほかの看守に手伝わせて、再び肩どめ縄に縛られ、次に両足をあぐらをかかされて、しっかりと縛られました。次に肩と足とに縄をかけられ、背後から上体を倒され、前かがみにされ、ぐいぐい締められました。とうとう、ももに肩がつきました。と同時に、私は、自分の足首の上にアゴをのせていることを知りました。これは、今までに味わったことのない苦しさでした。
 やがて10分もたったのでしょうか、腰がだるいような、とても重苦しい痛みです。なんといって表わしてよいかわからない苦しさです。やがて、息をするたびに「うん・うん」とうめき声が出ます。それを待っていたように、「ぴしり」と肩を鞭打たれます。激痛が走りますが、身をよじることもできません。30分もすると、あまりの苦しさのため、そのまま放尿と脱糞をしてしまいました。とたんにザアーと水をかけられます。縄がぐんとしまります。汚物がアゴの下にたまっています。なんとも情けない次第ですが、どうしようもありません。苦しさはどんどん増して来ます。今までは、苦しさと快さが同時に来たのですが、このときは、こんなエビ縛りなど初めてで、もちこたえる限度を越えたのでしょう、苦しさいっぱいで、ついには吐きけが来て、だいぶ吐きました。

「きたないやつだ。吐いたり、クソをしやがって、くさくてやりきれん、洗ってやる」
 と言いながら、そのままでひっくりかえされました。
 完全な一個の醜い肉塊でしかないぶさいくな姿です。ひっくりかえされたときの苦しかったこと、いっぺんにぐんと捕縄がからだじゅうにくいこみ、捕縄でくびり殺されるような気がしました。そして、尻を鞭打たれました。そのときから次第に快感がよみがえって来て、どうやら、持ちこたえる事ができました。しかし、快感が来る前にはたいぶ吐きました。もう全身たいへんな苦しさで、あぶら汗が滝のようです。
 あとから聞いた話では、そのとき私は全身赤くなって苦しんでいたとのことで、このエビ責めというのは体の血行が悪くなり、上半身にうっ血して、赤くなるまで責めないと効果がないのかもわかりません。しかし、SMプレイではいつか書かしていただいた限度を厳守しないと、それこそ大変ではすまなくなります。
 「おい、65号、苦しいか、いいざまだ。さあ、カナノコの歯のことを知っているだろう。さあ、白状しろ」
 と言いながら、ぴしり、ぴしりとなおも尻へ鞭を入れます。しかし、そろそろ痺れが来たのか、あまり痛く感じません。私は一刻も早く、この苦しみからのがれたいので、苦しさのあまり
「おゆるしください」
 と叫んだのを、H担当は恐れ入りましたと思ったのでしょう。
「もっと詳しく申し上げろ」
 と、ぴしり、ぴしりとつづけて尻を鞭打たれます。そのとき、今までかつて味わうたことのないすばらしさが、ぐっと全身をおそって来ました。そして、全身を堅くするあの「Mのオルガズム」の瞬間になると同時に、そのまま気が遠くなってしまいました。


訓練されるM

 気がつくと、私のいつも入れられている独房に裸のままほうりこまれていました。囚衣もそばに投げこまれていました。とても、からだを動かすことはできません。どんなに、独房入り口の視察口からどなられても、そのままのびて寝ていました。
 そのうちに、熱が出て苦しみました。これは、拷問にかけら、体じゅう鞭打たれたり、ひどく縛られたりすると必ず出る吸収熱で一般の人でも、ひどく打ち身をすると出る熱と同じ種類のもののようです。夜、担架に裸のままのせられ、それから1週間、病舎へ入れられました。病舎というと聞こえはよいですが、やはり鉄格子のはまった牢です。そして毎日、尻、肩、それに全身マッサージの治療をうけました。3日間は、物もろくに食べないで寝てばかりおりました。

 とにかく私にとっては、ものすごい、また、すばらしい体験でしたが、重屏禁よりは楽のように思いました。やがて元の牢へ戻されました。H担当は私に、
「あの事件は、65号は関係なかった。だが、四級少年囚だから、あのようにされるのはあたりまえだ。どうだ、おまえも、よい経験をしたな。あしたから元気でやれ」
 と言われました。あれほどいためつけられたのに、不思議とH担当を恨む気持ちは全く起こりません。むしろ、親しみさえ感じました。H担当のSと、彼の好みに訓練されつつある65号のMとは、ますます強く結びついていったのです。雑役の少年囚の話では、やはり私が一番ひどくやられたそうで、H担当は、私を拷問にかけるとき、もっとも張り切ってやっていたので、ほかの看守はあまりの激しきに顔をそむけていた人もおったそうです。しかし、よく頑張ったなと話してくれました。




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